くさかべあかりのしりょうかん

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あかりの歴史年表 印のあるものは本館収蔵品




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古代
約170万年前 中国元謀遺跡  猿人の化石とともに、石器、火を使った後の灰、燃えさしなどを確認。 
             洞窟 寒冷地での居住
約50万年前 中国北京原人  ・ 炉 火の恒常的利用
約2万年前 岩宿遺跡立石遺跡天神堂遺跡丘の公園遺跡  石鉢
約1万年前 釈迦堂遺跡 竪穴住居  ・炉 ・土器
約6千年前 尖石遺跡  釣手型土器 炉専門の器  釣手型土器複製(No.101)
約5千年前 青森県丸山遺跡  ・火起こし棒
約2千年前 登呂遺跡 ・舞錐 土器弾み車舞錐 登呂火起器(No.001)
             小山城遺跡発掘土器灯明皿(No.201)


飛鳥・奈良時代
400年頃 日秀西遺跡 戸坂一号墳  ・火打ち金
朝鮮竜岡古墳壁画  土器高杯に火を点す  土師器灯明皿(No.201)
570年頃 飛鳥寺石灯籠
606年頃 法隆寺 「燈二楼高各一文一尺五寸」
668年(天智7) 書記「越国献燃土燃水」
701年(大宝2) 大宝令 「胡麻油 荏油 蔓椒油」
712年(和銅5) 古事記   「解開・・嚢口而見者、火打有其裏」
        「御火焼之老人続御歌以歌曰」
714年(和銅7) 正倉院袋端書 「山梨郡日下部某施布一匹・・・」
734年(天平6) 正倉院文書  「買燭松百五枝 直銭六五三文」  松明(No.104)
           平城宮跡木簡「山梨郡雑役胡桃一古」
744年(天平16) 「行幸金鐘寺 燃燈供 仏前後燈一万五千七百余杯 使数千僧令撃脂燭」
「白銅灯台一基高三寸六分」
749年(天平19) 大安寺資材帳「合蝋燭拾斤」
752年(勝宝4) 東大寺金銅八角灯籠
759年(宝宇3) 万葉集  「漁火、あぶら火、葦火、ともしび」
764年(宝宇8) 正倉院文書  「胡麻油一斗二升六合 堂燃料夜別四合僧房料夜別二合」
           「懸燈料肱金一具」
          銅製懸燈 結び灯台(No.201)
荏油(えのゆ)は荏胡麻油とも言う。中国では蘇子とよび英語ではPERILLAとよばれこれらを日本語にするとしそ油になる。

平安・鎌倉時代
800年頃 日下部遺跡  ・火打金 ・油杯 ・囲炉裏と竈  土師器油杯(No.102)
905年(延喜5) 古今和歌集  「うつみ火、蚊遣り火、照射、篝火」
960年(天徳4) 内裏歌合  「篝火 御殿油 打敷 脂燭」
979年(天元2) 前栽歌合  「結び燈台 篝火 脂燭 打ち松」
993年(正暦4) 枕草子  「松の火、高杯にまゐりたる御殿油、油単、火桶
1128年(大治3) 中尊寺高灯台  黒漆塗り高灯台(No.202)
1165年(永万1) 年中行事絵巻  「松明、切灯台、柱懸燈、庭火、結灯台」
1170年頃 源氏物語絵巻  「灯台 萌黄色の打敷」
1300年頃 反射板付灯台(法隆寺眠り灯台)  反射板付燭台(No.313)
1319年(元応1) 白山中宮鉄釣灯籠   銅釣灯籠(No.205)
1330年(元徳2) 円覚寺文書「供具蝋燭代銭三百貫」

室町・安土桃山時代
1340年頃 京都の四十八所にかがり屋を置く
1380年頃 「御きたさま御きしんとして松の木田一たんらつそく めんはつすいへきしん被申候為後日一筆進之候」
 三月二十日 信泰 明白へまいる(向岳寺文書)
1490年(延徳2) 実隆公記  「短檠材伯卿送之自愛自愛」
1550年頃 京都山崎で種油の製造始まる  明珍信家の燭台(No.305)
1558年(永禄1) 信玄異見九十九ヶ条「不断不可燃挑燈」
1568年(永禄11) 信玄から信長へ「漆千桶 越後有明蝋燭三千張」
1570年頃 高台寺蒔絵箱提灯  織部ひょうそく(No.306) 天正二 半助
1583年(天正11) 向岳寺「家康入国の節、高張、手提灯を賜へり」
1588年(天正16) 千利休、宗恩の好みにより短檠の上部を切る
この頃から茶事の夜咄用として、灯台、燭台、手燭、行灯等 様々な燈火器が作られる
 不味公好み短檠(No.206) ・竹檠 ・小灯 ・織部南蛮人燭台唐金燭台・手燭
この頃から櫨が栽培され、漆とともに蝋燭に用いられる
 櫨蝋燭

江戸時代
1613年(慶長18) 江戸城で唐人が花火をあげる 江戸城三の丸跡 ・受け付油皿
1620年頃 遠州行灯  遠州行灯(No.225)  角行灯(No.221)  ・大奥行灯
この頃から付け木がつくられる
1642年(寛永19) 徳川実記「提灯奉行歩行組頭の中より十人増加せらる」
1667年(寛文7) 輪王寺金銅六角型雪洞  木製六角型雪洞(No.332)
この頃 瀬戸で行灯皿が盛んに作られる
1726年(享保11) 吉原に玉菊灯籠が軒度に灯される  肉筆綿絵玉菊(No.701)
1728年(享保13) 提灯価格「弓張百六十文、同鯨二百五十六文、高張四百三十二文、岐阜百七十二文、ぶら百二十文」  各種提灯(No.347~372)
この頃、菜種の栽培が全国に広がり、行灯が普及する
 蕪村 「菜の花や月は東に日は西に」
1823年(文政6) 一茶自画像 ・角行灯
1848年(弘化5) 秀雅百人一首挿し絵 農人長助と瓦燈  瓦灯(No.210)
1850年(嘉永3) 並山日記「地火炉のもとにて松のひでといふ物をたきたる、いとまばゆきまでかがやきたるこそ山里のしるしなりけれ。」  ひで鉢(No.105)
田中儀右衛門 無尽燈用法記  無尽燈(No.243)
1860年(万延1) 成瀬善四郎 アメリカ土産としてランプをもたらす
1863年(文久3) 横浜外人居留置のランプが評判になる
国産のランプが試作され始める  国産ランプ各種(No.401)

明治以降
1871年(明治4) 長野に石炭油会社がつくられる。カンテラが灯される
1872年(明治5) 横浜にガス燈が設置される  ガススタンド(No.501)
6月 太政官布告「自今無提灯にても往来苦しからず。但し車並びに馬等は従前の通り提灯相用うべし」
1874年(明治7) 東京に85基のガス街燈が灯る
1875年(明治8) 国産のマッチが作られる
この頃から甲運村で行火や瓦燈が作られる
1878年(明治11) 東京電信中央局にアーク燈が灯る
この頃からランプを使った街燈や軒燈が地方都市にも広がる
1880年(明治13) 天皇行幸 県内行在所等の借用品「燭台203、行灯29、提灯18、ランプ10、蝋燭1,840、洋蝋燭504」
1883年(明治16) 東京電灯会社が設立される。鹿鳴館に白熱燈が灯る
1885年(明治18) 東山梨郡役所落成 亀甲橋から役所前の通りの桜並木にガス燈形軒燈が灯される。
日下部郵便局開局
  ガス燈形軒燈  ・電報配達用提灯
1887年(明治20) 東京電灯会社の営業開始
1891年(明治24) 山梨県内の小売店数 付木131 薪炭541 種油54 石油227 ランプ22
1894年(明治27) RAYO空気ランプ(No.411)
1896年(明治29) 若尾逸平 東京電灯東京瓦斯会社等の支配権を握る
  「これからは、乗り物と明かりだ。」
1899年(明治32) 根津嘉一郎 鉄道会社の設立に乗り出す
1903年(明治36) 中央線甲府まで開通  カンテラ(No.402)  アセチレン灯(No.502・503)
三枝彦太郎 東京で電灯広告社を創業
1907年(明治40) 少年行「奉納と書いた真新しい赤提灯を覗くと中には蝋燭でもあることか、俗にひょうそくと言って茶のみ茶碗の橙子形した土器の出臍のやうな部分に燈心を挿して、油は殆ど消えさうである。」
  たんころ、ひょうそく(No.217~219)
大月駒場水力発電所完成 長距離送電を始める
1913年(大正2) 甲府電力日下部出張所営業開始 1,200戸 2,050燈
1915年(大正4) 春日居村の付木生産高 18,900貫
1940年(昭和15) 木炭、マッチ切符配給制実施
1942年(昭和17) 燈火管制始まる  防空用掩蔽電灯傘(No.604)

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