耳遠堂石(ミミンドウサン)

八幡の往八幡神社から北の方へ互、六十メートルぐらい行くと、ミミンドウサンと呼ぱれる石があります。昔、富士川の合戦で軍功をたてた安田義定という人がこの辺りを治めていた頃には、立派な祠(ほこら)があり、その正面にこの石が据えられていましたが、何時か焼失してしまい、今は桃畑の隅にこの石はあります。大きさは、縦、横が約五十センチあり、真ん中に約二十センチ四方の穴があって、その周りには、小さなくぼみが沢山あります。昔から、人間は病気になったり、体の故障があった時は、不思議な力を持つ物にお祈りをしてきました。耳鳴りや、耳の奥が病んできたり、何かの拍子に急に聞こえなくなったりした時に、このミミンドウサンの石に祈って治ったことが言い伝えられています。お祈りをする時には、まず松笠をたくさん捨い集めて持って行きます。そして、石のくぼみに松笠を一つずつ入れて、小石でその石をコツコツと叩きながら、「ミミンドウサン、ミミンドウサン、私の耳を治して下さい。治して下さったら、もっともっと沢山の松笠を差し上げます。」と口ずさみながらお祈りをします。そして、雪が降っても大風が吹いても、通いとおせば二十一日目の満願の時に は、完全に治ったと言われています。今でも、耳が遠くなった人達が、松笠を持ってお詣りにやって来ます。だから、石の周りには松笠が沢山あげられています。なぜ松笠をあげて、石をコツコツ叩いて祈らねばならないのか、埋由はわかりませんが、治るから不思議だ、と話されています。又、八幡公民館の東側の駐車場になっている所にも、昔、ミミンドウサンがあった、と言われています。こんもりとした木があり、そこには祠がありましたが、公民館を建てる時になくなってしまいました。
※安田氏は甲斐源氏の一族で、富士川の戦い(一一八○年)に活躍し、義定は遠江守(とおとうみのかみ)・遠江守護に任ぜられ牧荘を本拠として甲府盆謀反(むほん)の廉(かど)で鎌倉暮府によって滅ぼされた。一族の墓である安田氏五輪塔(ごりんのとう)は雲光寺にある。義定を真ん中に、ニメートルはある数基の五輪塔は、鎌倉時代中期の特徴をもつ代表的遣構として県指定文化財となっている。また武田信成が安田氏一族供養のために造立したという宝筐印塔(ほうきょいんとう)も残っている。地東部に勢力を振るったが、後に謀反(むほん)の廉(かど)で鎌倉暮府によって滅ぼされた。一族の墓である安田氏五輪塔(ごりんのとう)は雲光寺にある。義定を真ん中に、ニメートルはある数基の五輪塔は、鎌倉時代中期の特徴をもつ代表的遣構として県指定文化財となっている。また武田信成が安田氏一族供養のために造立したという宝筐印塔(ほうきょいんとう)も残っている。