市川地区の「野背坂」を上った所に天狗山があり、その麓に「日向畑」と呼ぱれている地点がある。そこには大きな杉が茂る鎮守の森があり、「お山の神様」が住みついていた。昔、鎮守の森には、根回りが大人四人で手をつないでやっと輪になる位の大きな欅(けやき)の木があり、大空を隠すほどに繁っていたそうだ。その大きな欅の木を人々は「お山の神様」と呼んでいた。「お山の神様」と一言われてきた欅の大木を、ある者が伸間を集めて伐り倒し、搬出しようとしたのだが、足場は悪く、曲りくねった道は凍っていて困りきっていた。それを村人は手伝い、運び出すのに協力した。大正七年の正月頃、村々に、スペイン風邪が大流行した。その時、「お山の神様」である欅の木を伐採した者、搬出した者、協力した者のすべての者がスペイン風邪にかかり、次々と苦しみ、死んでいった。村人達は、「お山の神様の罰が当った」とおそれをなし、神木の切り株の回りに杉の苗を植えたり、根株の芳生(もとばえ)を大事にしていた。ところが、それを、また折ってしまった者がいた。「お山の神様」は怒って、その者や、家族が感冒(かんぼう)にかかり、苦しめられたという。その事があってから 村人達は、「欅の精」をお祠りし慰霊祭をする事に決めた。それ以来、村人達がおもい感冒にかかったり、病いに苦しめられる事はなくなったといわれる。毎年、一月十七日は、「お山の神様」の例祭目として村人たちがお参りし、家族の健康を祈願する。このように健康の守り神として、現代も盛大な祭事が引き継がれている。