図1は、藤原光成筆と伝えられる兼好法師像です。ここに描かれている菊灯台は、宮中調度を代表するものと言われています。平安時代は、源氏物語絵巻や、枕草子の方弘のことなどからも伺えるように方形の油単などを敷いていたようですが、鎌倉時代には漆塗りの盆に置かれるようになったようです。東京国立博物館収蔵の菊灯台は、京都御所飛香舎のものと言われ六花形漆盆に置かれています。その六花形漆盆ばかりでなく、台座の菊形も、腰をしめた長檠も、端正な灯械も、この肖像のそれは、東博のものと寸分違わぬ形姿です。
図2は、葛飾北斎の筆になる農人長助です。長助は、室町六代将軍足利義教の試し切りを歌の力で止めさせたと伝えられる小作農歌人です。
図3は「飛鳥川」の著者中山三柳です。あかりは短檠です。この箱台方架短檠は、夜咄用のあかりとして、太平の江戸時代の大名茶人や豪商茶人に好まれたと言う茶道具です。
図4は良寛の自画賛像です。ひところの私は賛にのみ心が向き、人との語らいより物との語らいに傾きがちだった自分の弁護の具として「孤りあそびぞ吾はまされる」と、時折、心にそらんじたものでした。しかし、近頃は言うまでもなく添えの行灯の方に心ひかれます。この行灯は、いわゆる四脚角行灯で、歌舞伎では世話行灯と呼ばれ庶民の家を表わす道具になっています。行灯と言えば、私は小学生時代「戦友」を歌い終わるたびに、すき間風に涙をぬぐう遺族の姿を目に浮かべたものでしたが、それにしても、良寛がみずから自分に添えたこの行灯は粗末過ぎます。台の小引出しも、油こぼれを溜める受け杯も確かに描きながら、いわゆる行灯皿も、火袋の飾り格子も、これにはありません。
図5は、鏑木清方の樋口一葉です。昨年、はからずも、県立美術館開館五周年特別展で本物に対面できましたが、この肖像のランプの存在も、まさに動かしがたい表現だと感じました。それは単に明治の東京下町住まいを語る背景というだけではありません。| 〒405-0006 山梨県山梨市小原西343 0553-22-4323 Copyrightc 2006 - Lamp History museum of KUSAKABE All rights reserved |
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